東京地方裁判所 平成10年(ワ)17761号 判決 1999年11月30日
原告
浜地道雄
右訴訟代理人弁護士
美村貞直
被告
株式会社バベル
右代表者代表取締役
湯浅美代子
右訴訟代理人弁護士
高井伸夫
同
岡芹健夫
同
廣上精一
同
山本幸夫
同
山田美好
主文
一 被告は、原告に対し、金二五〇万円及びこれに対する平成一一年三月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は八分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一九四七万二七二八円及びこれに対する平成一一年三月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え(なお、原告は平成一〇年一二月二四日付け準備書面において遅延損害金の請求の起算日を平成一〇年三月二七日から平成一一年三月二六日に減縮している。被告は右の準備書面の送達を受けた平成一〇年一二月二四日の翌日である同月二五日から起算して二週間後である平成一一年一月七日が経過するまでに同意書を提出していないが、右同日の経過によって右の請求の減縮の効力は生じている。)。
第二事案の概要
一 本件は、被告に解雇されたと主張する原告が、被告に対し、未払賃金一九四七万二七二八円並びに内金一八四七万二七二八円については支払日の後であることが明らかであり、内金一〇〇万円については支払日の翌日である平成一一年三月二六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
二 前提となる事実
1 被告は語学、翻訳教育、翻訳などを目的とする株式会社である。被告はもと株式会社日本翻訳家養成センターという商号であったが、平成九年八月二一日被告の関連会社である株式会社バベル(代表者は被告代表者が兼ねていた。被告に吸収合併される前の株式会社バベルと被告が併存していたことにかんがみ、被告と区別する意味で株式会社バベルを以下「バベル」という。)を吸収合併し、その手続が完了した同年一二月一七日被告は商号を株式会社バベルに変更し、現在に至っている(被告の目的については争いがなく、その余は<証拠略>)。
2 バベルは平成八年七月二六日アメリカ合衆国(以下「アメリカ」という。)カリフォルニア州においてしBABEL CORPORATIONという現地法人(以下「米国現地法人」という。)を設立し、同社の業務を現地のグローバル・ビジョン社に委託していたが、バベルは米国現地法人の事業を拡大するための人材を必要としていた。ところで、バベル代表者(被告代表者)は平成六年七月にバベルの専務取締役である堀田都茂樹(以下「堀田」という。)とともにニューヨークに出張した際に当時株式会社帝国データバンク(以下「帝国データバンク」という。)のアメリカにおける現地法人の社長をしていた原告と知り合ったが、その後日本に呼び戻されて帝国データバンクにおいて部長の職を務めていた原告はかねてからアメリカで働きたいという希望を持っていた。そこで、バベル代表者(被告代表者)は原告との間で平成八年六月六日から数回にわたり面談を重ねた結果、同年一一月一四日までにバベル代表者(被告代表者)と原告との間で原告が米国現地法人で働くという合意が成立した。しかし、原告には翻訳会社で勤務した経験が全くなかったため、すぐにアメリカには赴任せず、被告の関連会社である株式会社バベルインターナショナル(以下「バベルインターナショナル」という。なお、同社は平成九年三月二五日に商号を「バベルスタッフ株式会社」に変更した。)が当時企業からの翻訳の請負受注を主な業務としていたことから、まず同社の取締役に就任して翻訳受注業務の責任者として運営や顧客開発を担当し、翻訳会社の事業について実務を経験した上で米国現地法人で働くことになった(バベル代表者(被告代表者)と原告が平成八年一一月一四日までに原告が米国現地法人で働くこと、原告が米国現地法人で働く前に日本において働くことを合意したことを以下「本件合意」という。)。バベルとバベルインターナショナルの本店はいずれも平成九年三月三一日以前は東京都千代田区猿楽町<以下略>であり、同年四月一日以降は同区麹町<以下略>であった(米国現地法人を設立したのがバベルであることについては<証拠略>。バベルインターナショナルの商号の変更については<証拠略>。バベルとバベルインターナショナルの本店の所在地については<証拠略>。その余は争いがない。)。
3 原告は平成八年中には帝国データバンクを退職し、平成九年一月一三日から出社し、日本において翻訳の請負受注の業務や派遣研修の業務を担当するとともに、米国現地法人の業務を受託していたグローバル・ビジョン・テクノロジー・インク(以下「グローバル・ビジョン社」という。)と連絡を取るなどしていた(争いがない。)。
4 原告が出社したのと同じころに被告の関連会社間で業務分担に変更が生じ、企業からの翻訳の請負受注を主な業務としていたバベルインターナショナルは労働者派遣事業を主な業務とすることとされ、企業からの翻訳の請負受注はバベルに移管し、バベルが被告に吸収合併された後は被告が企業からの翻訳の請負受注の業務を担当している(<証拠略>)。
5 バベルインターナショナルの商業登記簿には原告が平成九年三月二五日に同社の取締役に就任したことが登記されており(<証拠略>)、バベルの商業登記簿には原告が平成九年三月二五日に同社の取締役に就任したことが登記されている(<証拠略>)。被告の商業登記簿によれば、原告が平成一〇年四月二〇日に取締役として再任されなかったことがうかがわれる(争いがない。)。
6 バベル及びこれを吸収合併した被告が平成九年一月一三日以降毎月二〇日締めの二五日限りで原告名義の銀行口座に送金する方法により原告に支払った金員(ただし、原告が現実に受領したという意味での金員ではなく、原告が現実に受領した金員に所得税、健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料を加えた合計である。)の金額は、次の(一)ないし(四)のとおりであり、その合計は金一七七二万七二七二円である(原告に右の金額の金員を支払ったのがバベル又はこれを吸収合併した被告であることについては<証拠略>。バベル及びこれを吸収合併した被告が平成九年一月一三日以降毎月二〇日締めの二五日限りで原告名義の銀行口座に送金する方法により右の金額の金員を支払っていたことは<証拠略>、原告本人、被告代表者。その余は争いがない。)。
(一) 平成九年一月分(同月一三日から同月二〇日までの分)として金二二万七二七二円
(二) 同年二月から平成一〇年四月までの分(各月とも原告が前月二一日から当月二〇日まで勤務したことについての分)として毎月金一〇〇万円
(三) 平成九年七月三〇日に支払った分として金一二〇万円
(四) 同年一二月一〇日に支払った分として金一三〇万円
7 バベル及びこれを吸収合併した被告は原告のために健康保険、厚生年金保険及び雇用保険の加入手続を執っていた(原告のために健康保険、厚生年金保険及び雇用保険の加入手続を執ったのがバベル及びこれを吸収合併した被告であることについては<証拠略>。その余は争いがない。)。
8 原告代理人は平成一〇年四月六日付けの通知書(<証拠略>)により被告に対し、原告としては辞任に応じるつもりはないこと、原告は被告から事実上取締役を解任されたような扱いをされており、約束された取締役としての報酬と既に支払われた取締役の報酬との差額及び正当な理由のない解任により生じた損害の賠償などを求めて法的手段を執るという趣旨のことを通知したところ、弁護士山田美好を除くその余の被告代理人は同月一四日回答書により原告に対し、被告が原告を解任した事実はないこと、被告が原告に取締役の辞任を求めたのは米国現地法人に就職するためであったことなどを回答した(原告代理人が通知書と(ママ)送ったこと、被告代理人が回答書を送ったことは争いがなく、通知書及び回答書の内容については<証拠略>)。
9 被告は同年四月二四日前記6の同年四月分(同年三月二一日から同年四月二〇日までの分)の金員を原告名義の銀行口座に送金しようとしたが、その口座が既に解約されていたため、被告は代理人を通じて原告の銀行口座を再確認し、同年七月三日同年四月分として金八二万八六〇七円を原告あてに送金した(争いがない。)。
三 争点
1 原告がバベルとの間で雇用契約を締結したかどうか。
(一) 原告の主張
(1) 原告は原告の収入としては金一六〇〇万円近くが見込まれ、二〇〇〇人もの従業員がいる大会社の部長職を辞めて転職するのであるから、現収入以下では困ると言って(証拠略)を提示して話し合った結果、原告は大略次の条件でバベルに雇用された。
ア 担当業務
(ア) バベルインターナショナル社の運営、顧客開発
(イ) 米国法人(BABEL CORPO-RATION)の事業の立ち上げ
(ウ) バベルグループの広報、営業支援活動
(エ) その他特命業務
イ 職務
(ア) バベル海外事業開発室室長
(イ) バベルインターナショナル取締役
(ウ) その後、BABEL CORPO-RATIONの取締役
ウ 報酬
(ア) 給与月額 金一〇〇万円
(イ) 賞与年間総額 金五〇〇万円
(ウ) 合計支給額 金一七〇〇万円
(2) 原告は形式的にバベル及びこれを吸収合併した被告の取締役であったにすぎず、実質的には取締役ではなかった。被告の関連会社の業務分担の変更については社内的な説明はなく、挨拶状などで知るような状態であり、このことからもバベル及びこれを吸収合併した被告は会社の実体を有しない被告代表者の個人企業であること、原告が単なる従業員に過ぎないことが明らかである。バベル及びこれを吸収合併した被告、バベルインターナショナルでは定時株主総会が開催されたことはなく、取締役会も開催されたことがなかった。会社が出した挨拶状に名前があり、一応「名目はそうなのか。」と思っていたにすぎない。もともと三か月くらいで米国現地法人へ出向、転勤するという話であった。被告は原告の給与から雇用保険を控除するなどしており、原告が実質的には従業員であることを認めていた。
(二) 被告の主張
被告は前記第二の二2の経緯により原告をバベルインターナショナルの取締役に就任させる予定であったが、前記第二の二4の業務分担の変更により原告をバベルの取締役に就任させることにした。バベルの定時株主総会は平成九年三月であったため、同年一月の時点で原告に取締役の就任のために臨時株主総会の招集や登記申請などの手続は行わず、原告は同年三月二五日に開催されたバベルの定時株主総会において同社の取締役に就任した。なお、原告は右同日バベルスタッフ(右同日をもってバベルインターナショナルはバベルスタッフに商号を変更した。)の取締役にも就任しているが、原告の主要な担当業務である企業からの翻訳の請負受注をバベルが行うことになったので、同年一一月二五日に開催されたバベルスタッフの定時株主総会では取締役に再任されなかった。
2 原告は被告を解雇されたのか。解雇されたとして解雇は解雇権の濫用として無効か。
(一) 原告の主張
原告は三か月くらいしたら米国現地法人の責任者として同社に出向すると聞かされていたが、なかなかアメリカ行きが実現しなかった上、日本において入社時の約束にない法人営業をさせられて前年度比約二三パーセントほどの業績向上を果たしたにもかかわらず、被告代表者は原告に対し一〇〇パーセント以上の業績向上を満たしていないなどと言って原告に嫌がらせをした。原告はグローバル・ビジョン社と連絡を取るなどはしていたが、原告の知らない間に重要な連絡や指示が出ていた上、原告が提出した事業計画や出張計画に対する回答もなく推移している状況で、突然海外事業室長の地位も変えられてしまうなど、実際には何もさせてもらえなかった。その上、そもそもグローバル・ビジョン社は「言われたことを手伝う、つまり事務連絡用の代理店にすぎない」し、米国現地法人は少なくとも平成九年九月ころまでは資本金が現実には提供されておらず現実的活動ができる状態ではなく、当時グローバル・ビジョン社の社長も具体的なアメリカ進出の予定を何ら聞かされていないようであった。被告代表者は平成一〇年三月九日そのように準備の整っていない全く実体のない米国現地法人へ突然転籍を命じたのである。原告は直ちに米国現地法人に移籍する件については「事実上それは無理であるし、どのような条件になるのか書面でいただきたい。」と求めたところ、被告は条件について回答しないまま同月一六日には朝礼で原告の転籍を発表するなどして事実上の退職の強制をし始めた。被告代表者は同月一八日原告に対し口頭で、転籍によって給与は半減すること、しかも半減した給与の保障もしないことを明らかにしたが、原告は米国現地法人への転籍について、米国現地法人の実体がないこと、転籍の条件が入社時の合意とは異なり待遇(給料の半減など)及び地位(責任者ではなく単なる雇員)の点で全く納得できなかったことから、同月二〇日米国現地法人への転籍を拒否することを伝えた。すると、被告代表者は右同日午後七時からの話合いにおいて「出社不要」と言い渡し、原告が「クビということか。」と確認すると、被告代表者は「そのとおり。二五日に退社手続のために出社せよ。」と答えた。このように被告は正当な理由もなしに原告を解雇する旨の通告をし、同月二六日以降の原告の出社を禁止した。
しかし、この被告の解雇通告は何らの正当な理由のない解雇通告であり無効である。
(二) 被告の主張
(1) 原告がバベルインターナショナルの取締役になったそもそもの理由はアメリカで働きたいという原告の希望とアメリカでの事業拡大のための人材を求めていたバベルの要望が一致したためであり、したがって、本来であれば、原告は直ちに米国現地法人の代表者又はそれに準じた地位に就任してアメリカでの事業拡大のために働くことが望ましかったが、原告には翻訳会社の事業の経験が全くなかったので、日本で取締役として一年程度の実務を行った上で、米国現地法人で働くことになったのであり、原告は日本において一年以上実務を経験し、その間米国現地法人の運営を委託しているグローバル・ビジョン社と連絡をとり続けていた。右のような経緯の下に被告代表者は平成一〇年三月九日原告に対し米国現地法人で勤務する準備をするよう求めたのであって、突然米国現地法人での勤務を命じたわけではないし、米国現地法人が準備の整っていない全く実体のない会社というわけでもない。
(2) 「帝国データバンクアメリカの社長としてこれを成功させたのは自分であり、今ではアメリカに三〇〇〇人の知り合いがいる。」と売り込んできたのは原告自身であって、原告は被告がこれからアメリカで事業を展開しようとしていることを承知の上でそれを引き受けたのであるから、被告としては原告が米国現地法人の責任者として裸一貫からアメリカで翻訳受注事業を開拓していくことを期待していたが、被告にとってアメリカでの事業は未知数の点が多いため、準備期間中の生活費及び実費として月額金七〇万円を支給するという案を提示したのである。したがって、原告の売り込みの時の約束に従えば、右の生活費及び実費すら支給する必要はないものと思われる。
(3) 原告は被告が原告を解雇したと主張するが、原告は取締役であり、被告が原告を解雇することは法的に不可能である。原告は被告の株主総会において取締役として再任されなかったにすぎない。そして、原告が取締役に再任されなかったのは原告がアメリカで働くことを拒否したためであり、したがって、取締役に再任されないことについて正当な理由を要するとしても、再任されなかったことについて正当な理由が存することは明らかである。
(4) 原告は同月二三日にフロアーの鍵を返却し、同月二五日には社章、健康保険証、名刺その他の書類を返却し、同月二六日以降は全く出社しなくなったが、被告は原告がいずれ翻意し渡米するであろうと考えていたのであり、被告が原告を解任するはずもない。
3 未払賃金の金額について
(一) 原告の主張
原告は被告の従業員としての地位を現に有するもので、給与月額金一〇〇万円、賞与年間金五〇〇万円、年間総額金一七〇〇万円の支払を受け得る地位にある。そして、原告と被告との間の雇用契約には期間の定めがないところ、原告は平成一〇年三月二七日以降少なくとも一年間は勤務できたはずである。
そこで、原告は被告に対し平成九年中の未払給与として約定の年間総額金一七〇〇万円から既払金一三五二万七二七二万(ママ)円(<証拠略>の金額)を控除した残金三四七万二七二八円及び平成一〇年三月二七日から平成一一年三月二六日までの未払給与として金一七〇〇万円から既払金一〇〇万円を控除した残金一六〇〇万円、合計金一九四七万二七二八円並びにこれに対する平成一一年三月二六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 被告の主張
被告が原告に支払った取締役の報酬の総額は前記第二の二6のとおり金一七七二万七二七二円であり、被告に未払はない。
第三当裁判所の判断
一 争点1(雇用契約の成否)について
1 前記第二の二3、5及び8の各事実、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。次の認定に反する証拠(<証拠・人証略>)は採用できない。被告代表者はその陳述書(<証拠略>)及び代表者尋問において採用通知書(<証拠略>)はバベルの正式の書面ではないし被告代表者はその内容には関知していないという趣旨の供述をしているが、右の被告代表者の供述は採用通知書(<証拠略>)を作成した当時の原告がバベルの取締役であることを前提としているところ、採用通知書(<証拠略>)が作成された時期(後記第三の一2(一))には原告がバベルの取締役であったはずはないのであって、右の被告代表者の供述はその前提を欠いており採用できない。他に次の認定を左右するに足りる証拠はない。
(一) バベルは平成八年一一、二月に原告に対し採用通知書(<証拠略>)を交付した。採用通知書には次のような記載があり、日付けとして1996年10月9日と書かれている。
「この度、貴殿の入社にあたり、勤務条件は下記のとおりとします。
記
1 担当業務内容
<1> バベルインターナショナル社の運営・顧客開発。
<2> 米国法人(BABEL CORPORA-TION)の事業立ち上げ。
<3> バベルグループの広報・営業支援活動。
<4> その他特命業務。
2 職位及び所属
(株)バベル海外事業開発室室長
(株)バベルインターナショナル取締役事業開発部長
その後BABEL CORPORATIONの取締役
3 報酬
給与月額 1,000,000円
賞与年間総額 5,000,000円
合計支給額(入社日より1年間として) 17,000,000円
4 勤務地
日本 (株)バベル及び(株)バベルインターナショナル社とする。ただし米国法人立ち上げのための海外勤務あり、立ち上げ後米国勤務とする。
5 入社日
1997年1月13日」
なお、採用通知書の入社日の年の欄には1996と印字された数字が二重線で消されて1997と手書きされており、月と日の部分はもともと空白で、月の欄には1が、日の欄には13が、それぞれ手書きで書き込まれているが、これを書き込んだのは原告である。バベル代表者(被告代表者)は帝国データバンクを退職してからバベルで勤務するまでの間に東欧を旅行したいという原告の希望を聞き入れて、原告との間で同人の出社日を平成九年一月一三日とすることを合意した。採用通知書(<証拠略>)はバベル代表者がバベルの従業員に指示して作成させた後に原告に交付されたものである(<証拠・人証略>)。
(二) 原告が平成七年一〇月から平成八年九月までに帝国データバンクから支払を受けた給与所得の見込み額は、給与(国内手当を含む。)が金八八八万二一八四円、賞与(平成七年度実績)が金五四三万四四六八円、海外家族手当が金一万七五二〇アメリカドル(一ドル金一〇〇円換算で金一七五万二〇〇〇円相当)、合計金一六〇六万八六五二円であった(<証拠略>)。
(三) バベルは原告がバベルから採用通知書(<証拠略>)を交付された際に米国現地法人を立ち上げる具体的なめどを付けていたわけではなく、バベルは帝国データバンクのアメリカにおける現地法人を成功に導いたという原告の手腕に期待して原告に米国現地法人の立ち上げのめどを付けさせようと考えていた。原告はバベルで勤務を開始してからグローバル・ビジョン社と連絡を取るなどしたり自らアメリカに出張するなどして米国現地法人を立ち上げるための準備を進めていた(前記第二の二3、<証拠・人証略>)。
(四) バベルインターナショナルの商業登記簿には原告が平成九年三月二五日に同社の取締役に就任したことが登記され、同社の商業登記簿によれば、同年一一月二五日に開催された同社の定時株主総会において原告が取締役に再任されなかったことがうかがわれる。バベルの商業登記簿には原告が平成九年三月二五日に同社の取締役に就任したことが登記され、被告の商業登記簿には被告がバベルを吸収合併したことに伴い原告が同年一二月一七日に被告の取締役に就任したことが登記され、被告の商業登記簿によれば、平成一〇年四月二〇日に開催された定時株主総会において原告が取締役に再任されなかったことがうかがわれる(前記第二の二5、<証拠・人証略>)。
(五) バベルの作成に係る原告の賃金台帳兼所得税源泉徴収累計簿(<証拠略>)には、平成九年一月から同年三月まではバベルから原告に対し金員が支払われたという記載はなく、同年四月に金三二二万七二七二円が支払われ、同年五月以降は毎月金一〇〇万円ずつ支払われたという記載がある(<証拠略>)。
(六) 原告は同年三月二五日付けの就任承諾書(<証拠略>)をバベルに差し入れているが、就任承諾書には「私は、平成9年3月25日開催の貴社定時株主総会において、取締役に選任されましたがその就任を承諾致します。」と書かれている(<証拠・人証略>)。
(七) 原告はバベル及びこれを吸収合併した被告に勤務していた期間中の自分の職位をバベル又は被告の取締役であると認識し、対内的にも対外的にもバベル又は被告の取締役として行動していたのであり、原告代理人が被告あてに送付した平成一〇年四月六日付けの通知書(<証拠略>)に、原告は被告から事実上取締役を解任されたような扱いをされており、約束された取締役としての報酬と既に支払われた取締役の報酬との差額及び正当な理由のない解任により生じた損害の賠償などを求めて法的手段を執るという趣旨のことを書いたのも、右の原告の認識に基づいてのことであった(前記第二の二8、<人証略>)。
2 以上の事実を前提に、原告とバベルとの間で雇用契約が成立しているかどうかについて判断する。
(一) バベルから原告に採用通知書(<証拠略>)が交付された時期について
バベル代表者(被告代表者)は帝国データバンクを退職してからバベルで勤務するまでの間に東欧を旅行したいという原告の希望を聞き入れて、原告との間で同人の出社日を平成九年一月一三日とすることを合意した(前記第三の一1(一))が、バベル代表者(被告代表者)と原告との間で原告が米国現地法人で働くという本件合意が成立したのは平成八年一一月一四日までのことであること(前記第二の二2)からすれば、原告の出社日に関する合意が成立したのは本件合意が成立した同年一一月一四日より後の同年一一、二月のことであると認められる。
バベルが原告に採用通知書(<証拠略>)を交付するまでに原告の出社日に関する合意が成立していたとすれば、採用通知書(<証拠略>)にはその日にちが印字されていたものと考えられるところ、採用通知書(<証拠略>)の入社日の年の欄には1996と印字された数字が二重線で消されて1997と手書きされており、月と日の欄はもともと空白で、月の欄には1が、日の欄には13が、それぞれ手書きで書き込まれているが、これを書き込んだのは原告であり、平成九年一月一三日という出社日は原告とバベル代表者との間で合意した日にちである(前記第三の一1(一))というのであるから、採用通知書(<証拠略>)は原告の出社日に関する合意が成立する前にバベルから原告に交付されたものと認められる。
そうすると、採用通知書(<証拠略>)の交付の時期は、平成八年一一月一四日より後で原告の出社日に関する合意が成立する前である同年一一、二月のことであると認められ、この認定に反する証拠はない。
(二) 原告はバベル代表者(被告代表者)との間で米国現地法人で働く前にバベルの従業員として日本で働くことを合意したかどうかについて
(1) 本件合意の内容(前記第二の二2)とバベルから原告に交付された書面(<証拠略>)の内容(前記第三の一1(一))を対比すれば、バベルから原告に交付された書面(<証拠略>)の1項の<1>及び<2>、2項(ただし、(株)バベル海外事業開発室室長という部分と(株)バベルインターナショナル取締役という記載の次にある事業開発部長という部分を除く。)、4項(ただし、勤務地を(株)バベルとする部分を除く。)は本件合意の内容をそのまま明文化したものと考えられるが、バベルから原告に交付された書面(<証拠略>)の表題は「採用通知書」であり、この表題からすれば、本件合意が成立した当時には原告はバベルの従業員として日本において働くものとされていたと考えられること、(2)原告が日本において働くことについて原告に対し対価を支払うのはバベルインターナショナルではなくバベルである(前記第二の二6)が、バベルから原告に採用通知書(<証拠略>)が交付された平成八年一一、二月の時点では被告の関連会社間で業務分担に変更は生じていなかった(前記第二の二4)のであり、したがって、バベルから原告に採用通知書(<証拠略>)が交付された平成八年一一、二月の時点では原告がバベルの取締役に就任するという話は出ていなかったのであり、そうすると、右の時点ではバベルが原告に支払う対価が原告の取締役としての報酬であることは予定されていなかったものというべきであり、採用通知書(<証拠略>)には原告のバベルにおける職位及び所属として海外事業開発室室長と記載されているだけで、バベルの取締役に就任するとは書かれていないこと(前記第三の一1(一))、(3) 採用通知書(<証拠略>)はバベル代表者がバベルの従業員に指示して作成させた後に原告に交付されたものであること(前記第三の一1(一))、以上、(1)ないし(3)によれば、原告は本件合意の際にバベル代表者(被告代表者)との間で米国現地法人で働く前にバベルの従業員として日本で働くことを合意したものと認められ、この認定に反する被告代表者の陳述書(<証拠略>)及び代表者尋問における供述は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
(三) 原告が本件合意の際にバベル代表者(被告代表者)との間で合意した、原告が日本で働く際の待遇面における条件について
(1) 本件合意の内容(前記第二の二2)とバベルから原告に交付された書面(<証拠略>)の内容(前記第三の一1(一))を対比すれば、バベルから原告に交付された書面(<証拠略>)の1項の<1>及び<2>、2項(ただし、(株)バベル海外事業開発室室長という部分と(株)バベルインターナショナル取締役という記載の次にある事業開発部長という部分を除く。)、4項(ただし、勤務地を(株)バベルとする部分を除く。)は本件合意の内容をそのまま明文化したものと考えられること、(2) 原告が平成七年一〇月から平成八年九月までに帝国データバンクから支払を受けた給与所得の合計は金一六〇六万八六五二円であり(前記第三の一1(二))、原告はその本人尋問においてバベルに転職するに当たってバベルから支払を受ける金員の金額が右の給与所得を下回らないことを希望したと供述しており、原告がバベルに転職するに当たって右のように希望することは十分あり得るものと考えられ、また、米国現地法人の経営のためには原告はバベルにとって欠くことのできない存在であった(前記第三の一1(三))というのであるから、バベルとしても原告の希望にできるだけ沿おうとする配慮はあったものと考えられること、(3) 採用通知書(<証拠略>)はバベル代表者がバベルの従業員に指示して作成させた後に原告に交付されたものであること(前記第三の一1(一))、(4) 採用通知書(<証拠略>)の3項の報酬は1項の担当業務内容を行うことに対する対価であると考えられるところ、1項の担当業務内容として挙げられている事項の内容と本件合意の内容(前記第二の二2)を対比すると、1項の担当業務内容は原告が米国現地法人で働く前に日本において行うべきものとされている業務内容であると考えられること、以上、(1)ないし(4)を総合すれば、原告とバベル代表者(被告代表者)は原告が日本においてバベルの従業員及びバベルインターナショナルの取締役として働く待遇面における条件を採用通知書(<証拠略>)に記載されたとおりとすることを合意したものと認められ、この認定に反する被告代表者の陳述書(<証拠略>)及び代表者尋問における供述は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
したがって、原告の日本における給与は月額が金一〇〇万円、賞与が金五〇〇万円、一年間当たり金一七〇〇万円ということになる。
(四) 原告が日本において勤務する期間について
原告がバベルから採用通知書(<証拠略>)を交付された際に米国現地法人を立ち上げる具体的なめどを付けていたわけではなかったこと(前記第三の一1(三))からすると、原告は米国現地法人の立ち上げの準備ができ次第日本での勤務を終えてアメリカに赴任すると決められていただけであり、原告が日本において勤務する期間が本件合意の際にあらかじめ三か月と決められていたわけではなかったことが認められ、この認定に反する原告の陳述書(<証拠略>)及び本人尋問における供述は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
(五) 原告はバベルの取締役に就任したかどうかについて
(1) 原告とバベル代表者(被告代表者)は本件合意の際に原告はまずバベルインターナショナルの取締役に就任して翻訳受注業務の責任者として運営や顧客開発を担当し、翻訳会社の事業について実務を行った上で米国現地法人で働くことを合意した(前記第二の二2)が、その後被告の関連会社間で業務分担に変更が生じ、企業からの翻訳の請負受注を主な業務としていたバベルインターナショナルは労働者派遣事業を主な業務とすることとされ、企業からの翻訳の請負受注はバベルに移管されることになったこと(前記第二の二4)からすれば、被告の関連会社間の業務分担の変更に伴い原告はバベルの取締役に就任するものと変更されたと考えるのが自然かつ合理的であること、(2) バベルの商業登記簿には原告が平成九年三月二五日に同社の取締役に就任したことが登記され、被告の商業登記簿には被告がバベルを吸収合併したことに伴い原告が同年一二月一七日に被告の取締役に就任したことが登記されており(前記第三の一1(四))、原告は同年三月二五日付けでバベルの取締役の就任承諾書(<証拠略>)をバベルに差し入れていること(前記第三の一1(六))、(3) 原告はバベルに勤務していた期間中の自分の職位をバベルの取締役であると認識し、対内的にも対外的にもバベルの取締役として行動していたこと(前記第三の一1(七))、以上、(1)ないし(3)を総合すれば、被告の関連会社間で業務分担に変更が生じて企業からの翻訳の請負受注はバベルに移管されることになったことに伴い、原告は同年三月二五日に翻訳受注業務を担当するバベルの取締役に就任したこと、原告への取締役への就任は単に形式的、名目的に取締役に就任するという趣旨のものではないことが認められる。
これに対し、原告はその陳述書(<証拠略>)及び本人尋問においてバベルにおいては株主総会や取締役会が開催されていないと供述するが、右の供述が原告がバベルの取締役に就任した後のことを指しており、仮にその供述に係る事実が真実であるとしても、その事実だけでは原告がバベルの名目的な取締役であることを認めるには足りないというべきであり、また、右の供述が原告がバベルの取締役に選任された株主総会や取締役会のことを指しており、仮にその供述に係る事実が真実であるとしても、原告がバベルに勤務していた期間中の自分の職位をバベルの取締役であると認識し、対内的にも対外的にもバベルの取締役として行動していた(前記第三の一1(七))という以上、原告の供述に係る事実だけでは原告がバベルの形式的、名目的な取締役であることを認めるには足りないというべきである。
結局のところ、右の認定に反する証拠(<証拠略>)は採用できず、他に右の認定に反する証拠はない。
(六) 原告がバベルの取締役に就任することになったことによってバベルの従業員として日本で働くという合意の内容が変容したかどうかについて
原告とバベル代表者(被告代表者)は原告が採用通知書(<証拠略>)に記載された条件でバベルの従業員及びバベルインターナショナルの取締役(ただし、これが業務担当取締役(代表取締役以外の取締役で対内的業務執行権を有する取締役)を意味するものか、それとも使用人兼務取締役を意味するものかについてはこの(六)の(2)を参照されたい。)として日本で働くものとして本件合意をした(前記第二の二2)が、その後被告の関連会社間で業務分担に変更が生じて原告がバベルインターナショナルにおいて担当する予定であった翻訳受注業務がバベルに移管されることになったことに伴い、平成九年一月一三日から出社していた(前記第二の二3)原告は同年三月二五日にはバベルにおいて翻訳受注業務を担当する取締役に就任した(前記第三の一2(三))というのであり、以上の経過によれば、原告は少なくとも平成九年三月二五日以降はバベルにおいて使用人兼務取締役ではなく、翻訳受注業務を担当するいわゆる業務担当取締役に就任したものと考えられないでもない。
しかし、(1) 取締役が対内的業務執行権を有するかどうかは、定款、取締役会、取締役に関する内規などがそれぞれの取締役にどのような権限を付与したかによって決まるところ、本件全証拠に照らしても、定款、取締役会、取締役に関する内規などによって原告が取締役としてバベルの業務遂行の一部である翻訳受注業務を担当するものとされていることを認めるに足りる証拠はないのであって、そのことからすると、原告がバベルにおいて翻訳受注業務を担当することになったのはバベル代表者(被告代表者)の代表者としての指示によるものと考えられること、(2) 法人税基本通達九-二-二は、業務担当取締役と使用人兼務取締役とを区別し、使用人たる職制上の地位を兼ねるのが使用人兼務取締役であり、取締役として法人の特定の部門の職務を統括する場合は職制上の地位を兼ねるのではないので、使用人兼務取締役には当たらないとしているが、採用通知書(<証拠略>)によれば、原告はバベルインターナショナルにおいて事業開発部長の地位を兼ねるものとされており(前記第三の一1(一))、事業開発部長は使用人としての職制上の地位を意味するものと考えられ、そうすると、原告はバベルインターナショナルにおいては使用人兼務取締役に就任することが予定されていたものと考えられること、(3) 被告の関連会社間の業務分担の変更によって翻訳受注業務がバベルインターナショナルからバベルに移管されるのに伴い、原告はバベルインターナショナルにおいて取締役の外に兼ねるものとされていた事業開発部長の地位をバベルにおいても兼ねることになるものと考えられ、採用通知書(<証拠略>)によれば、その外に原告はバベルにおいて海外事業開発室室長の地位に就くものとされていたのであり(前記第三の一1(一))、海外事業開発室室長は使用人としての職制上の地位を意味するものと考えられるが、そうであるとすると、原告がバベル及びこれを吸収合併した被告において現に従事していた翻訳の請負受注の業務など(前記第二の二3)は右の職制上の地位に基づいて従事していたものと考えられること、(4) 少なくとも原告が出社した平成九年一月一三日から原告がバベルの取締役に就任した日の前日である同年三月二四日までの間は原告はバベルの従業員として翻訳の請負受注の業務などに従事していたというほかないこと、(5) バベル及びこれを吸収合併した被告は原告のために健康保険、厚生年金保険及び雇用保険の加入手続を執っていたこと(前記第二の二7)、以上、(1)ないし(5)を総合すれば、原告はバベルにおいて使用人兼務取締役に就任したものと認められる。
これに対し、バベルは原告が勤務を開始した平成九年一月一三日以降毎月原告に金一〇〇万円ずつの割合による金員を支払っていた(前記第二の二6)にもかかわらず、原告の賃金台帳兼所得税源泉徴収累計簿(<証拠略>)には同年一月から同年三月まではバベルから原告に対し金員は支払われたという記載はなく、同年四月に金三二二万七二七二円が支払われ、同年五月以降は毎月金一〇〇万円ずつ支払われたという記載があること(前記第三の一1(五))からすると、バベルには原告が取締役に就任したとされる同年三月二五日より前に原告に支払った金員については原告がバベルの従業員であることを前提に給与として支払ったという処理をするつもりがないものと考えられるが、そのことは右の認定を左右するには足りない。
右の認定に反する証拠(<証拠・人証略>)は採用できず、他に右の認定を左右するに足りる証拠はない。
(七) 以上によれば、原告は平成九年一月一三日から同年三月二四日まではバベルの従業員であり、同月二五日以降はバベルにおいて翻訳受注業務を担当する使用人兼務取締役に就任したものというべきである。
原告がバベルの使用人兼務取締役に就任した経緯に照らせば、原告のバベルにおける使用人兼務取締役としての給与及び報酬は原告のバベルにおける従業員としての給与と同一であると考えられるところ、本件では原告の取締役としての報酬について定めたバベルの株主総会の決議の内容を明らかにした書面が書証として提出されていないこと、バベルは原告が勤務を開始した平成九年一月一三日以降毎月原告に金一〇〇万円ずつの割合による金員を支払っていた(前記第二の二6)が、この金員の支払に関してバベル及び被告が作成していた書類は賃金台帳兼所得税源泉徴収累計簿(<証拠略>)であることに照らせば、原告はバベルの使用人兼務取締役に就任したものの、バベルから取締役としての報酬の支払はなく、バベルの従業員としての給与の支払しかなかったものと認められる。
また、原告がバベルの使用人兼務取締役に就任した経緯に照らせば、原告のバベルの取締役としての任期は米国現地法人が立ち上げられ原告がアメリカで勤務するまでであると認められる。
そして、本件全証拠に照らしても、バベルが被告に吸収合併されるに当たって原告の被告の使用人兼務締役としての待遇に特段の変更が加えられたことが認められない本件では、原告の被告における使用人兼務取締役としての給与及び報酬、任期は原告のバベルにおける使用人兼務取締役としての給与及び報酬、任期と同一であると認められる。
二 争点2(原告は被告を解雇されたのか。解雇されたとして解雇は解雇権の濫用として無効か)について
1 次に掲げる争いのない事実、証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告代表者は平成一〇年三月九日(月曜日)に原告に対し米国現地法人で勤務する準備を行うよう求め(争いがない。)、原告が米国現地法人で勤務するに当たっての待遇面での条件については後日明らかにすることを伝えたところ、原告は米国現地法人での勤務には異存はないものの、アメリカに赴任する時期については配慮してほしいと答えた上、同月一一日には被告代表者あてに書面(<証拠略>)を提出し、その書面の中で、原告がバベル及び被告において主として行ってきたのはBI、TM事業、法人営業であり、トランスパーソン、CD事業などについては直接関与しておらず実務知識に欠けるが、アメリカで事業を行う以上、TM事業のみならずCD事業の関連も開始すべきであることなどから、アメリカで勤務するための準備の時間が若干必要であること、米国現地法人で勤務するに当たっての身分上の条件もこれから被告から提示されるというのであれば、その条件について合意した後に一定期間を置いてアメリカに赴任することとしたいこと、原告にはアメリカに赴任するに当たって処理しなければならない個人的な問題も数多くあり、すぐにはアメリカに赴任することはできないことなどを明らかにした(<証拠略>)。
(二) 被告代表者は同月一三日(金曜日)の夕方に原告に対し、同月二〇日をもって被告の取締役を辞任して米国現地法人で現地雇い人として勤務すること、待遇面での条件は現在作成中であるが、報酬については固定給と歩合給とする予定であること、アメリカでの業務は翻訳の受注のみであり、CD事業関連(通学、通教)は不要であること、文化活動など知名度向上を含めた仕組み作りは既にできており、今後は人的コネを利用した直接的な売り込みを行う段階であり、そのためには原告の力が必要であり、被告としては原告に直ちにアメリカに赴任してほしいことなどを伝えた上、本日直ちに堀田専務取締役などに引継ぎをすること、同月一六日(月曜日)の朝礼でアメリカへの赴任を自分で発表することを求めたが、原告はその場で被告を辞任しないでアメリカに赴任したい、本日引継ぎをすることは不可能であるなどと答えた。原告は同月一三日被告代表者あてに書面(<証拠略>)を提出したが、その書面の中でアメリカへの赴任を発表する件については自分の口から発表するのは適当ではないという考えを明らかにした。原告は同月一八日(水曜日)に被告代表者あてに書面(<証拠略>)を提出したが、その書面の中で米国現地法人への移籍の件を早急に公式に発表してほしいという考えを明らかにした(<証拠略>)。
(三) 被告代表者は同月一八日(水曜日)の夜に原告に対し、原告が被告を退任する日にちは同月二一日とし、右同日をもって米国現地法人に移籍するが、実際の退任の手続は同月二三日とすること、米国現地法人への出社は同年五月一日をめどとすること、原告の米国現地法人での報酬は固定給として月額金七〇万円とし、これを同年四月から同年七月まで支払い、同年八月以降は金七〇万円よりも低い固定給と歩合給を支払うこと、被告の取締役を退任するに当たっては辞任届を提出することなどを伝えた。被告代表者が原告を被告の取締役を辞任させようとしたのは原告がアメリカにおいて米国現地法人で仕事をするようになれば被告のために仕事をすることは考えられないことによるのであり、原告の給与を固定給と歩合給としたのはそうすることによって原告が米国現地法人の経営に真剣に取り組むようになることを期待してのことであった(<証拠・人証略>)。
(四) 被告は同月一九日(木曜日)の朝礼で原告が米国現地法人に赴任することを発表した。ところが、原告は同月二〇日(金曜日)に被告代表者あてに書面(<証拠略>)を提出し、その中でアメリカへ赴任することはできないという考えを明らかにした。右の書面(<証拠略>)にアメリカへの赴任を拒否する理由として書かれていたのは、業務面については「入社時(1997年1月13日)の採用通知書にあった業務、即ち、主としてバベル社の海外展開業務についての全般的事業計画が検討・深耕・認知されていない。インフラストラクシ(ママ)ャー、予算も含めて、きちんとした枠組みができてないところでの活動は自ずと制限がある。しかも、全社業務の展開でなく、TM事業即ち法人営業の範囲であれば本来の海外展開ではなく、いわゆるブロカレジに過ぎない。」ということであり、待遇面については「その状態で『固定給プラス歩合制度』となれば、失敗することは明らか。基本的に契約年俸より大幅に下回る条件であり、さらに、その中から住居費、車両費などを賄うということゆえ到底受けられない。又、社会保険料、健康保険料などの緒(ママ)条件が提示されてない。8月以後の給与条件が提示されていない。」ということであった。原告は右同日の夜に被告代表者と面談し、同人から翻意するよう求められたが、原告は改めてアメリカへ赴任することはできないと答えた。すると、被告代表者は原告に対し同人を解雇、解任するという趣旨で出社不要と申し渡し、同月二三日(月曜日)に出社した原告はフロアーの鍵の返却を求められてこれを返却し、同月二五日(水曜日)には社章、健康保険証、名刺その他の書類を返却し、同月二六日以降は被告に出社していない(<証拠・人証略>)。
2 以上の事実が認められる。
これに対し、被告代表者がその陳述書(<証拠略>)及び代表者尋問において平成一〇年三月二〇日に原告に対し同人を解雇、解任するという趣旨で出社不要と申し渡したことはないと供述しているが、米国現地法人で勤務させることを前提に被告の取締役に就任させた原告が突然米国現地法人への赴任を拒否したというのであるから、原告が米国現地法人に赴任しないという意思が強固であり、翻意が困難であるとすれば、被告としては原告をこのまま被告の使用人兼務取締役として就任させておく意味はないこと、原告が米国現地法人で働かないとなれば、米国現地法人の立ち上げは延期されることになるのであって、被告代表者が供述するように平成一〇年三月二〇日に原告に対し同人を解雇、解任するという趣旨で出社不要と申し渡していないとすれば、被告としては原告に翻意を促して米国現地法人に赴任するよう説得するはずであると考えられるところ、被告代表者は同月二〇日の夜の面談の後である同月二三日以降は殊更に原告に対し翻意を促して米国現地法人に赴任するよう説得してはいないのであって、被告代表者は原告を説得していない理由についてその陳述書(<証拠略>)及び代表者尋問においていずれ原告が翻意して米国現地法人に赴任するであろうと考えていたと供述するにとどまっており、このような同月二三日以降の被告代表者の対応からすると、被告代表者は同月二〇日の夜の面談の結果原告を説得する必要はないと思っていたものと考えるのが自然かつ合理的であること、以上の点を総合すれば、被告代表者は同月二〇日の夜の面談の際に原告に対し同人を解雇、解任する趣旨で出社不要と申し渡したものというべきである。
以上の外、右の認定に反する証拠(<証拠・人証略>)は採用できず、他に右の認定を左右するに足りる証拠はない。
3 原告が被告代表者からアメリカへの赴任を求められた平成一〇年三月九日から原告が被告に出社しなくなった同月二六日までの経過は、前記第三の二1で認定したとおりであるが、これによると、原告がアメリカへ赴任できない理由として挙げた事柄(前記第三の二1(四))のうち米国現地法人の準備が整っていないという点については、被告代表者は文化活動など知名度向上を含めた仕組み作りは既にできており今後は人的コネを利用した直接的な売り込みを行う段階であると考えていた(前記第三の二1(二))というのであり、また、原告がアメリカへ赴任できない理由として挙げた事柄(前記第三の二1(四))のうち給与体系を変えたことに納得できない点については、被告代表者は給与体系を変えることによって原告が米国現地法人の経営に真剣に取り組むようになることを期待してのことであった(前記第三の二1(三))というのであって、証拠(<証拠・人証略>)によれば、原告がアメリカへ赴任できない理由として挙げた事柄はいずれも被告代表者としては譲歩する余地のない事柄であり、また、原告としても譲歩する余地のない事柄であったと認められる。
4 ところで、
(一) 原告がアメリカへの赴任を拒否する理由として挙げた事柄(前記第三の二1(四))のうち米国現地法人の準備が整っていないという点については被告代表者の認識と原告の認識が相違しているわけであるが、その認識の相違の主たる理由は、前記第三の二1の事実によれば、原告は、被告が海外展開するという以上は、海外展開業務に関する全般的事業計画についての十分な検討を行うべきであるのに、それが不十分であると考えているのに対し、被告代表者は、被告が海外展開するといっても、海外展開業務は法人からの翻訳受注業務のみであるので、殊更に全般的事業計画を論議する必要に乏しく、そのような論議に時間を費やすよりは顧客を開拓してきた方がよいと考えていることによるものと考えられるが、(1) 被告はもともと原告にバベルインターナショナル又は同社の翻訳受注業を引き継いだバベルにおいて翻訳受注業務の責任者として運営や顧客開発を担当して翻訳会社の事業について実務を経験させた上で米国現地法人で働いてもらうことを予定していたこと(前記第二の二2)、(2) 被告代表者は平成一〇年三月一三日原告に対し原告のアメリカにおける業務は翻訳の受注のみであり、文化活動など知名度向上を含めた仕組み作りは既にできており、今後は人的コネを利用した直接的な売り込みを行う段階であり、そのためには原告の力が必要であり、被告としては原告に直ちにアメリカに赴任してほしいと伝えた(前記第三の二1(二))というのであり、このことからすると、翻訳の作業は専ら日本において行うことを前提としているものと考えられること、以上、(1)及び(2)に照らせば、被告代表者が原告に期待していたのは専らアメリカにおける翻訳受注業務の顧客の開拓であったというべきであり、そうであるとすると、原告が海外展開業務に関する全般的事業計画についての検討が不十分であるというのは、要するに、翻訳受注業務以外の業務を含めた被告の事業全般の事業の展開を念頭に置いてのことであって、原告は被告代表者が原告に期待していた役割(翻訳受注業務の顧客の開拓)以上の役割を果たすという観点に立って検討が不十分であると言っていたものと考えられる。
そうすると、被告代表者が平成一〇年三月の時点で原告にアメリカへの赴任を求めたことについて原告が米国現地法人の準備が整っていないことを理由にこれを拒否したことが当然であるということはできないのであって、原告が米国現地法人の準備が整っていないことを理由にこれを拒否したことはアメリカへの赴任を故なく拒否したものというべきである。
これに対し、米国現地法人の資本金の振り込みは平成一〇年三月の時点ではされていなかったのであって(<証拠・人証略>)、原告はその陳述書(<証拠略>)においてそのことを挙げて米国現地法人はペーパー会社にすぎなかったなどと指摘しているが、米国現地法人での原告の業務が専ら翻訳受注業務の顧客の開拓であったというのであるから、米国現地法人の資本金が振り込まれていないことなどを始めとして仮に原告が主張するように米国現地法人の事業計画の検討が不十分であったとしても、そのことは米国現地法人での勤務を妨げる事情とはいえないというべきである。
他に原告が米国現地法人の準備が整っていないことを理由にこれを拒否したことはアメリカへの赴任を故なく拒否したものという判断を左右するに足りる証拠はない。
(二) 原告がアメリカへの赴任を拒否する理由として挙げた事柄(前記第三の二1(四))のうち給与体系を変えたことに納得できない点については、そもそも原告が日本において勤務するに当たって定めた給与体系は原告が日本で勤務する限りで適用されるものとして定められたものであるかどうかを考える必要があるところ、(1) 採用通知書(<証拠略>)の3項の報酬は1項の担当業務内容を行うことに対する対価であると考えられるところ、1項の担当業務内容として挙げられている事項の内容と本件合意の内容(前記第二の二2)を対比すると、1項の担当業務内容は原告が米国現地法人で働く前に日本において行うべきものとされている業務内容であると考えられること、(2)原告は被告代表者から米国現地法人で勤務する際の給与体系について伝えられた平成一〇年三月一八日の二日後の同月二〇日に被告代表者あてに提出した書面(<証拠略>)において被告代表者が約定の金一七〇〇万円の契約年俸を一方的に引き下げたなどといった非難を一切加えておらず、ただ「基本的に契約年俸より大幅に下回る条件であり、さらに、その中から住居費、車両費などを賄うということゆえ到底受けられない」と訴えているにとどまっており、このことからすると、原告とバベル代表者(被告代表者)は原告がアメリカで勤務する際の原告の給与を日本で勤務する際の給与と同じとすることを合意していたとは考え難いこと、(3) 採用通知書(<証拠略>)の4項において原告の勤務地について日本での勤務に引き続いてアメリカでの勤務があり得ることが記載されており(前記第三の一1(一))、この記載からすると、原告がアメリカで勤務することになってもバベルの従業員であり続けることが予定されていることがうかがわれないでもないが、そうであるからといって、そのことだけでは原告とバベル代表者(被告代表者)は原告がアメリカで勤務する際の原告の給与を日本で勤務する際の給与と同じとすることを合意していたというには足りないこと、以上、(1)ないし(3)を総合すれば、原告に一年間に支払うべき給与の金額が金一七〇〇万円であるというのは原告が日本において勤務することを前提として定められた金額であり、原告がアメリカで勤務する際には改めて原告の契約年俸を定めることになっていたものと認められ、この認定に反する証拠はない。
そうすると、被告代表者が平成一〇年三月の時点で原告にアメリカへの赴任を求めたことについて原告が給与体系が変更されたことに納得できないことを理由にこれを拒否したというのは、要するに、原告が被告代表者の提示に係る給与体系に納得できなかったというだけのことであり、原告がアメリカで勤務するについての待遇面での条件で原告と被告との間で折り合いがつかなかったということにすぎない。
5 以上によれば、もともと原告は米国現地法人で勤務する目的でバベルにおける使用人兼務取締役に就任したのであるが、それにもかかわらず、原告は右4で認定、説示した理由で米国現地法人での勤務を拒否したというのであり、原告が、国現地法人で勤務する条件についてさらに譲歩を重ねる余地はなかった(前記第三の二3)というのであるから、被告としてはもはや原告を被告の使用人として雇用し続ける必要はないというべきであって、被告が平成一〇年三月二〇日に原告を解雇する旨の意思表示をしたことは正当ということができる。
そして、被告は原告に対し同月二一日から同年四月二〇日までの分の給料を支払った(前記第二の二9)というのであるから、原告を解雇する旨の意思表示の効力は右同日をもって生じたものというべきである。
6 原告が被告の使用人兼務取締役であること(前記第三の一2(六))にかんがみれば、被告代表者が同月二〇日に原告に対し同人を解任する趣旨で出社不要と申し渡したからといって、そのことから直ちに原告が被告の取締役を解任されたということはできない。そして、原告は同年四月二〇日に被告の取締役として再任されなかった(前記第二の二5)というのであるから、原告の取締役としての任期は右同日をもって終了したというべきである。
7 したがって、原告は被告の使用人兼務取締役としての地位を平成一〇年四月二〇日をもって喪失したものというべきである。
三 争点3(未払賃金の金額)について
原告のバベルの従業員としての給料又はバベル若しくは被告の使用人兼務取締役としての給料は、いずれも一年間あたり月額金一〇〇万円、賞与金五〇〇万円、合計金一七〇〇万円である(前記第三の一2(七))ところ、原告がバベルの従業員として勤務したのは平成九年一月一三日から同月二四日までであり、バベル及び被告の使用人兼務取締役として勤務したのは同月二五日から平成一〇年四月二〇日までであり、この間の給料の総額は二〇二二万七二七二円(前記第二の二6、第三の一2(七)を参照)であるから、この金額の金員から既払金一七七二万七二七二円(前記第二の二6)を控除した残金二五〇万円(約定の賞与の半額に相当する金員)が未払ということになる。
四 結論
以上によれば、原告の請求は被告に対し金二五〇万円及びこれに対する支払日の後であることが明らかな平成一一年三月二六日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 鈴木正紀)